【実録】「正社員はいる」という社長の嘘

パワハラ

「正社員は2人もいるだろ?」という言葉が、現場を壊していった

社長は、いつも胸を張ってこう言った。

「工場には正社員を2人も入れているじゃないか。何が不満なんだ?」

確かに、正社員はいる。
だが、現場に立つ人間なら誰でも分かる。
“いる”ことと、“機能している”ことは、まったく別だ。

彼らは工場の正社員ではあるが、役割はあくまで「取り付け要員」だった。
大物製品を扱う際の男手としては、確かに助かる。
体力的にも、作業的にも、必要な存在だ。

しかし、彼らは工場を運営する人間ではない。
工程を管理する責任も、全体を把握する役割も与えられていなかった。

この曖昧さこそが、現場の人間関係を静かに腐らせていった。


1. 「応援人員」という、宙ぶらりんな立場

彼らの立場は「応援」だった。

取り付け作業がない日だけ、工場に入る。
忙しい時だけ手伝う。
終われば元の部署に戻る。

一方、日々現場で手を動かしているのは、6人のパートさんたちだ。

経験の浅いパートさんたちは、
正社員がいれば当然、頼ろうとする。

「これ、どうすればいいですか?」
「次は何をしたらいいですか?」

その姿は自然だ。
判断に迷えば、責任を持っていそうな人に聞く。
それは責任感の裏返しでもある。

だが、頼られた正社員たちは次第に疲弊していく。

「これ、自分の仕事じゃないよな」
「なんで俺たちが指示出さなきゃいけないんだ」

彼らには、工場を回す責任は与えられていない。
当然、工程を深く理解しようという動機も弱い。

頼られるほどに、不満が溜まっていく。


2. 「逆パワハラ」に怯えながら出す指示

工場長である私にとって、
彼らへの指示は、常に綱渡りだった。

強く言えば、機嫌を損ねる。
遠慮すれば、現場が止まる。

今の時代、部下の不満は武器になる。
もし指示が気に入らなければ、彼らはこう言う。

「あ、じゃあ自分たちはもう戻りますんで」

そう言って、取り付け部署へ戻り、
形だけの片付けを始める。

その瞬間、工場は大打撃を受ける。

納期は迫っている。
作業は途中で止まる。
パートさんたちは立ち尽くす。

そしてその穴埋めは、
営業から戻った私が、夜通しでやることになる。


3. 見えている数字と、見えていない現実

社長の目には、
「正社員が3人(私を含む)もいる工場」に映っているのだろう。

だが、現場の実態は違う。

いつへそを曲げるかわからない応援人員の顔色を窺い、
不満を募らせるパートさんたちをなだめ、
すべての責任を一人で背負って空回りする工場長。

それが、現実だった。

「正社員なんだから、それくらいやって当たり前だろう」

その言葉は正論かもしれない。
だが、責任と権限が一致しない組織では、
正論ほど人を追い詰める。


4. 管理者不在の現場で起きていること

この工場には、
明確な管理者がいなかった。

責任の所在は曖昧。
判断の基準も人によって違う。

それでも、仕事は進む。
ギリギリのバランスで、なんとか回る。

だがそれは、砂上の楼閣だ。

誰か一人が不満を爆発させれば崩れる。
誰か一人が糸を切れば、すべてが止まる。

私は今日も、
言葉を選びに選び、
「指示」ではなく「お願い」に近い形で現場を動かす。


結び:いつ切れてもおかしくない一本の糸

この工場は、
見えない糸でどうにか保たれている。

その糸は、
私の我慢であり、
私の気遣いであり、
私の沈黙だ。

だが、その糸は確実に擦り切れている。

いつか、誰かが切ってしまうのではないか。
あるいは、私自身が手放してしまうのではないか。

その恐怖が、
今日も胃の奥を、チリチリと焼いている。

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