「今日はパートさんだけで大丈夫だよね?」と言われ続けた日々
「工場長、今日一日、現場はパートさんだけで大丈夫だよね?」
社長のその一言を聞くたび、私の心は静かに冷えていった。
軽い確認のような口調。
でも、その言葉の裏にある無責任さを、私は何度も味わってきた。
私は工場の責任者だ。
品質も、安全も、納期も、すべて私の肩に乗っている。
しかし同時に、社長命令で営業にも出なければならない。
営業車を走らせているその時間、
工場には「管理者」が一人もいない。
残っているのは、まだ経験の浅い6名のパートさんだけだ。
1. 朝一番の指示だけで、現場が回るはずがない
社長は決まってこう言う。
「工場長が朝一番に完璧な指示を出しておけば、
あとはパートだけでも回せるはずだ。
できないのは、君の指示が悪いからだ」
その言葉を聞くたび、
私は現場というものが、どれほど軽く扱われているかを痛感した。
私たちの仕事は、量産品ではない。
一点一点仕様が異なる、オーダーメイド製品だ。
作業の途中で必ず判断が必要になる。
「この寸法で本当に合うのか?」
「この部品、代替できるか?」
「次工程に回して大丈夫か?」
こうした判断は、
指示書にすべて書き切れるものではない。
朝の数分間で出した指示だけで、
一日の不確定要素すべてをカバーするなど、現実的ではなかった。
2. 現場にいない責任者と、現場に押しつけられる責任
何より私を苦しめていたのは、
パートさんたちに「本来負わなくていい責任」を背負わせていることだった。
もし、私が不在の間に大きなミスが起きたら。
もし、機械トラブルや怪我が発生したら。
その場で誰が判断するのか。
誰が責任を取るのか。
誰が彼女たちを守るのか。
答えは、どこにも用意されていなかった。
管理者がいない工場で、
彼女たちは常に「これでいいのだろうか」という不安を抱えながら作業している。
それは、明らかにパートの職務範囲を超えている。
「ここまでやらせるのは、会社として間違っている」
そう何度伝えても、
社長の答えは変わらなかった。
「指示が足りないだけだ」
3. 守るための努力が、責任の証拠に変わっていく
私は、パートさんたちが少しでも迷わないように、
夜遅くまで指示書を書き直した。
写真を撮り、図解を描き、
想定できるトラブルをすべて洗い出す。
それは彼女たちを助けたい一心だった。
同時に、「何かあった時に叱責される自分」を守るための、必死の防衛策でもあった。
しかし皮肉なことに、
その努力は「じゃあ、任せても大丈夫だよね」という
さらなる責任の押し付けに変わっていく。
営業先でお客様と話していても、
私の意識は常に工場にあった。
「今、何か起きていないか」
「無理な判断をさせていないか」
スマホの通知が鳴るたびに、心臓が跳ね上がる。
4. 効率という名の、危うい綱渡り
管理者不在の工場運営。
社長にとっては「人件費を抑えた効率的な経営」なのだろう。
しかし、現場から見ればそれは、
いつ爆発するか分からない爆弾を抱えた綱渡りだった。
事故が起きていないから問題ない。
ミスが表面化していないから大丈夫。
そんな理屈が通るのは、
運が味方している間だけだ。
何かが起きてからでは、遅い。
結び:誰もいない場所で、責任だけが残る
私は工場長だった。
しかし、守る権限はなく、責任だけがあった。
現場と経営の間に立たされ、
どちらからも逃げ場はない。
今日もまた、
管理者のいない工場を思い浮かべながら、
営業車のハンドルを握る。
この働き方が「普通」だと言われるなら、
それは、もう普通ではない。
静かに、確実に、
誰かの心と安全を削りながら回っている組織は、
いつか必ず、限界を迎える。
その限界が来る前に、
誰かが「おかしい」と言わなければならなかった。

