誰にも見えない工場長の夜
──18時から始まる、もう一つの労働
18時、ようやく訪れる「一人の時間」
18時。
正社員たちがタイムカードを押し、足早に工場を去っていく。
16時にパートさんが帰り、18時に社員が帰る。
この時間帯が、ようやく私一人になる瞬間だ。
……本来であれば。
現実の私は、まだ工場にすら戻っていない。
16時30分から入った「突発的な呼び出し」の顧客対応が終わり、夜道を走って帰社する。
早くて19時。遅ければ21時を回る。
真っ暗な工場の前で車を止め、シャッターを開ける。
事務所の電気をつけると、静寂が一気に可視化される。
足音だけが響く空間。
疲労はすでに限界を超え、感覚は鈍くなっている。
それでも、私の一日はまだ終わらない。
ここからが本番だ。
青白い光の下で始まる「本来の仕事」
まずは事務所でパソコンを立ち上げる。
昼間、対応しきれなかった仕事が、ここに集約されている。
ひっきりなしに鳴っていた電話。
車内で走り書きしたメモ。
それらを整理し、見積書を作り、図面を引く。
これらは工場長として、本来、日中にやるべき業務だ。
だが、あの混沌とした現場では、到底手をつけられない。
モニターの光に照らされながらキーボードを叩く。
指先が冷えていく。
そして、作業が一段落するたびに、胸の奥に重たい不安が広がる。
——現場は、どうなっているだろうか。
作り直せない「未完成品」と向き合う夜
事務作業を終え、工場へ向かう。
作業台の上には、社員とパートたちが仕上げた製品が並んでいる。
オーダーメイドの座席カバー。
一つずつ手に取り、検品していく。
「……ひどいな」
縫製は蛇行し、角のフィッティングは甘い。
商品として、正直に言えば不合格だ。
午前中、あれだけ質問を受け、時間を割いて教えたはずなのに。
その成果が、ここには見当たらない。
怒りよりも、先に溜息が出る。
作り直すか?
答えは、最初から決まっている。
作り直す時間など、残っていない。
納期は明日、あるいは明後日。
この工場に「余白」はない。
結局、私は黙って針を持つ。
縫い直し、引き直し、形を整える。
完璧に直せば、彼らは自分のミスに気づかない。
直さなければ、お客様の信頼を失う。
どちらを選んでも、誰かが傷つく。
私は今日も、自分のプライドと責任の間で、無言の選択を繰り返す。
育たない現場と、抜けられない自分
ミシンの音が、静かな工場に響く。
その中で、同じ問いが何度も頭を巡る。
私が現場を抜けているから、彼らは育たないのか
それとも、彼らが育たないから、私は抜けられないのか
答えは出ない。
営業に出れば、現場は不安定になる。
現場に張り付けば、仕事は回らない。
どちらも中途半端。
どちらも間違っているように感じる。
壊れていく関係と、消えない罪悪感
私が工場を空ける負荷は、確実に彼らにかかっている。
管理者がいない不安。
慣れない作業へのプレッシャー。
そこへ戻ってきた私が、
彼らの仕事を否定するか、黙って修正する。
翌朝には、また厳しいスケジュール。
関係が良くなるはずがない。
彼らの視線に混ざる、言葉にならない非難。
「あなたは外に出ているけど、私たちはここで苦労している」
その空気を感じるたび、心の感覚が少しずつ鈍っていく。
守ろうとして、壊している。
育てようとして、嫌われている。
それでも私は、
嫌われ役になることでしか、この工場を守れない。
そんな歪なリーダーシップに、意味はあるのだろうか。
23時、明日の「嘘」を仕込む
時計を見ると、23時が近い。
すべての修正が終わり、明日の段取りを確認する。
そして、また「荒いスケジュール」を頭の中で組み始める。
社長の突発指示。
混乱する現場。
鳴り続ける電話。
数時間後には、また同じ一日が始まる。
工場の電気を消す。
暗闇の中、整然と並んだ製品たち。
それは私の残業の結晶であり、
この組織が抱える「嘘」の象徴だ。
車に乗り込み、ハンドルに頭を預ける。
「疲れた」
その言葉すら、口に出すのが億劫だった。
明日、彼らの前で、どんな顔をして
「おはよう」と言えばいいのか。
答えは見つからないまま、
私は深夜の国道へと車を走らせた。

