パートの仕事範囲と、工場長の限界。

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プロ意識という名の生贄

──現場の不満は、なぜすべて管理職に集まるのか

1. 現場の不満は、私の「管理不足」にされる

新しく立ち上げたばかりの、まだ利益の出ない工場。
社長が選んだ経営判断は、極めてシンプルだった。

正社員は最小限に抑え、
人件費の安いパートさん中心で現場を回す。

数字だけを見れば、合理的だ。
だが、現場はそうはいかない。

「商品製作と、その他」という曖昧な求人で集まったパートさんたちに、
部品の荷受け、出荷対応、重い資材の移動といった
大量の「その他(雑務)」が降りかかる。

当然、不満は溜まる。

私はその空気を感じ取り、
できるだけ角が立たないように「お願い」をして回る。
時には、自分一人で雑務を引き受けることもあった。

そうしなければ、
現場の空気は一瞬で冷え、作業が止まってしまうからだ。

だが、現場で必死に吸収していた不満が、
社長の耳に届いた瞬間、状況は一変する。

矛先は、必ず私に向いた。

「パートにいい顔をしたい社長」にとって、
私は都合のいい存在だった。

彼女たちの不満を受け止め、
その責任をすべて背負うための、
**スケープゴート(生贄)**として。


2. 「ありえない」という無責任な叱責

「パートにそんなことをさせるなんて、ありえない!」

事務所に呼び出され、
あるいは現場の隅で、
私は強い口調で叱責される。

人は増やさない。
設備も整えない。
それでも納期は守れと言う。

そのすべてを決めた張本人が、
「ありえない」と言う。

反論すれば、どうなるかは分かっている。
長時間の説教。
論点のすり替え。
最終的には人格否定。

だから私は、ただ頭を下げる。

怒りも、悔しさも、
感じる前に押し殺す。

反抗するエネルギーは、
日々の過酷な業務ですでに使い果たしていた。


3. ミーティングで向けられた、私だけへの刃

ある日、ミーティングが開かれた。

正社員も、パートさんも、全員が揃っている。
だが、社長の話は最初から最後まで、
私一人を追い詰めるためのものだった。

社長は、社員やパートさんに対しては何も言わない。
厳しい言葉も、改善要求も、一切ない。

ただ私とだけ目を合わせ、
私にだけ聞こえる温度で、こう言った。

「お金をもらっている以上、プロ意識を持って何でもやろう。
社員もパートも関係ないんだ」

一見すると、
「全員で頑張ろう」というメッセージに聞こえるかもしれない。

だが、現場にいた全員が、
その言葉の“本当の向き先”を理解していた。

それは、
社員やパートに向けた言葉ではない。

私一人に対する、
無言の命令だった。


4. 「プロ意識」という言葉の正体

その言葉が意味していたのは、こういうことだ。

お前がプロなら、
不満を言わせるな
人手不足も
雑務も
理不尽も
すべて一人で解決しろ

社員もパートも守る。
社長の顔も立てる。
納期も守る。

そのすべてを、
管理職一人の「プロ意識」で背負えという要求。

本来、プロ意識とは誇りのはずだ。
組織を良くするための、前向きな言葉のはずだ。

だがこの工場では、
それは完全に別の意味に変質していた。

「管理職を使い潰すための免罪符」
それが、この職場におけるプロ意識だった。


5. 孤独なプロ意識の終着点

社長は、彼らにいい顔をする。
そして、私にだけすべてを押し付ける。

その視線を受け止め、
私は短く答える。

「……はい」

その一言で、
また一つ、責任が私に積み上がる。

ミーティングが終われば、
私は再び一人で、
誰もやりたがらない雑務の山へ向かう。

重い荷物を運びながら、
静まり返った工場で自問する。

プロ意識とは、
一人で泥を被ることなのだろうか。

答えを出す暇はない。
すでに次の一日が、
次の「荒いスケジュール」と
鳴り止まない電話とともに、
私を待っている。

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