かなえたい夢。――消去法の人生を捨て、SNS収入で生きる

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50歳手前、人生が詰んだと思った日から

もうすぐ50歳になります。

今の私を、世の中の物差しで測れば
きっと「詰んでいる人間」に見えるでしょう。

パワハラで心を壊し、仕事を辞め、
手元に残ったのは「うつ」という診断名と、
先の見えない不安だけでした。

これまで必死に磨いてきた工業ミシンの技術は、
この地方の田舎町ではあまりにニッチで、
活かせる場所がありません。

パソコンも、人並みに事務作業をこなせるほどではない。
障害者雇用で受けた警備会社の面接にも落ちました。

不採用通知を見るたびに、
胸の奥がぎゅっと締めつけられます。

「自分は、社会不適合者なんだろうか」

そんな言葉が、何度も頭をよぎりました。


消去法で選ぶ、明日の仕事

生きていくためには、働かなければなりません。

でも、今の私を雇ってくれそうな仕事は限られています。
時給の低い清掃、洗車。
年末から始まる予定の洗車の仕事も、その一つでした。

正直に言えば、
「受かっても嬉しくない」というのが本音です。

それは、自分がやりたい仕事ではないから。

選択肢を一つずつ削っていった結果、
最後に残っただけの仕事。

いわば「消去法」で選ばれた人生です。

そこに夢はありません。
大きな昇給も、明るい未来像も見えない。

ただ、生活を繋ぐためだけに
冷たい水に耐え続ける日々。

そんな毎日を想像すると、
また一歩が踏み出せなくなります。


何も残っていないと思っていた

40代後半。
地方の田舎。
汎用性のないスキル。

高年齢向けの転職サイトを見ても、
私の居場所は一つも見つかりませんでした。

「もう、打つ手はないのか」

そう思った時、
ふと、こんな考えが浮かびました。

「場所も年齢も関係ない場所へ行くしかない」


最後に残った、一つの光

知識はゼロ。
右も左も分からないまま、
私はSNSの世界に飛び込みました。

現実は、当然甘くありません。

Xは始めて1ヶ月で凍結。
noteもブログも、収益化なんて今は夢のまた夢。

他の人が簡単にできていることが、
私にはとても高い壁として立ちはだかります。

「いい歳をして、何を夢みたいなことを言っているんだ」
「まずは現実を見ろ」

そんな声が、聞こえてきそうです。


それでも、うつむいたまま終わりたくない

それでも私は、
うつむいたまま人生を終えたくありません。

工業ミシンしか踏めなかったこの手で、
今はスマホやパソコンを触っています。

不器用で、遅くて、何度も失敗しながら、
それでも自分の言葉を打っています。

誰かの言葉を借りるのではなく、
自分の経験を、自分の痛みを、
自分の言葉で伝えたい。

そして、自分の力で
もう一度、生活を立て直したい。


2026年の自分へ

今はまだ、
洗車の水しぶきを浴びて震える日があるかもしれません。

情けなくて、
惨めで、
「何をやっているんだろう」と思う日もあるでしょう。

それでも私は、
この場所で、もう一度自分を肯定したい。

2026年。
私は、SNS収入で生活している。

それが、今の私の夢です。

笑われるかもしれません。
無謀だと言われるかもしれません。

それでも、
何も挑戦せずに終わるより、
私はこの夢を握りしめて生きていきます。

これは、
人生が詰んだと思った50歳手前の私が、
もう一度立ち上がろうとしている記録です。

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