私を潰しに来る前社長

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1. 因縁は、終わっていなかった

私と今の社長は、もともと同じ会社にいた。
そこから意見の対立が激化し、いわゆる「敵対的独立」という形で、この工場を立ち上げた。

あの頃は、確かに同志だった。
理想を語り合い、資金も人も足りない中で、二人で泥をすする覚悟があった。

だが、会社が軌道に乗り始めた頃から、歯車は静かに狂い始めた。

朝から晩まで鳴り止まない電話。
現場を無視した無理難題。
そして「プロ意識」という言葉を盾にした、際限のない責任転嫁。

気づけば、かつての同志は「独裁者」になり、私は縛り付けられる側になっていた。

人生で二度目の「敵対的独立」。
私は今、その瀬戸際に立っている。


2. 呪いの条件と、静かな準備

退職の意思を示したとき、社長はこう言った。

「辞めるなら、この県内で商売はさせない」

冗談ではなかった。
それが彼なりの“条件”であり、“脅し”だった。

私は、彼の性格を誰よりも知っている。
もし近隣で独立すれば、ありもしない罪状を並べた「自爆訴状」を起こし、私の再起を潰しに来るだろう。

だから私は、正面から戦わないことを選んだ。

逃げるのではない。
射程圏の外へ出るという戦略だ。


3. 選んだ場所は「隣の隣の隣の市」

新しい拠点は、今の工場から「隣の隣の隣の市」。

県内ではあるが、日常的な接点はなく、嫌がらせが届きにくい距離。
それでいて、私の技術を必要とする市場が確かに存在する場所だ。

そこには、オーダーメイド製作のニーズがある。
そして同業者の多くは高齢で、世代交代がうまく進んでいない。

今はまだ静かだが、数年後には確実に“空白地帯”になる。
私はそこを、自分のブルーオーシャンだと確信している。

この確信だけが、今の私を前に進ませている。


4. 代償は、片道2時間の通勤

もちろん、代償は大きい。

自宅から新拠点までは、片道2時間。
往復4時間。
毎日、深夜の国道を一人で走ることになる。

「そんなに遠くまで行って、何をするんだ」

そう言う人もいるだろう。

だが、私は知っている。

23時まで工場に残り、
誰にも評価されない“他人のミスの修正”を黙々と続けていた、あの時間の苦しさを。

それに比べれば、この4時間は自由だ。

誰にも邪魔されず、
誰の顔色も窺わず、
ただ自分の未来のためだけにハンドルを握る。

この片道2時間は、
私が自分を取り戻すための「儀式」なのだ。


5. 最後の工場生活

今、私はこの工場で「最後の日々」を過ごしている。

相変わらず、パートさんは不満を漏らす。
応援社員は迷子のような顔で私を見る。
社長は私にだけ「プロ意識」を説き、自分はいい顔を続けている。

かつて夢を見たこの工場は、
今や私にとって重荷でしかない。

それでも、私は投げ出さない。

製品を修正し、
納期を守り、
明日の準備を整える。

それが、この場所を立ち上げた者としての、
私なりの「最後のプロ意識」だからだ。


6. 23時、滑走路に立つ

工場の電気を消し、
重いシャッターを下ろす。

この音を聞くのも、もうすぐ終わる。

車に乗り込み、エンジンをかける。
ナビが示す目的地は、もはや「自宅」だけではない。

三つ隣の市。
まだ何もないが、希望だけが詰まった場所。

自爆訴状の恐怖も、
片道2時間の不安も、
すべて飲み込んでアクセルを踏む。

この門を出た瞬間、
私は「工場長という奴隷」から、
自分の人生の経営者へと戻る。

暗い国道の先に、
うっすらと夜明けの気配が見えている。

私の最後の工場生活は、
今、新しい人生への滑走路へと変わった。

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