高市首相が打ち出した「食料品の消費税0%」という方針。
生活を守るための大きな一歩ですが、ここで一つの「不都合な真実」が浮き彫りになっています。それは、これまで食品と同じ「重要物資」扱いをされてきた新聞の存在です。
今、新聞業界がひっそりと抱えている焦りと、その裏側にある忖度の歴史を読み解きます。
1. そもそも、なぜ新聞は「8%」なのか?
一般的な感覚からすれば、「パンや牛乳」と「新聞」が同じ軽減税率の対象であることには違和感があります。
- 建前: 「知識を得るための社会的基盤だから」
- 本音: 政府に強い影響力を持つ新聞社への「政治的な配慮」があった、というのが多くの国民の冷ややかな見方です。
ところが、高市政権になって「食品を0%にしよう」という話が出たことで、このバランスが崩れ始めました。
2. 「食品0%・新聞8%」という不気味なねじれ
もし食料品が0%になれば、税制の分類はこうなります。
- 生活必需品(食品): 0%
- 新聞: 8%
- その他一般: 10%
こうなると、「なぜ新聞だけ、一般より安くて食品より高い中途半端な位置にいるのか?」という疑問が噴出します。「新聞は食品ほど重要じゃないけれど、他の娯楽よりは偉いのか?」という、メディア特権への批判がこれまで以上に強くなるのは目に見えています。
3. 新聞社が「消費税ゼロ」に反対する皮肉な理由
最近、一部の新聞で「消費税ゼロはバラマキだ」「財源はどうするんだ」という反対論が目立つようになりました。もちろん財政への懸念もありますが、もっと生々しい理由が透けて見えます。
- 説明がつかない: 食品が0%になれば、「新聞も0%にしろ」という声が出るか、逆に「新聞は10%に戻せ」という声が出るかの二択になります。
- 特権の消滅: もし「食品は0%」という特別な枠組みが完成してしまうと、新聞がこれまで享受してきた「軽減税率」という隠れみのが剥がされ、国民から「なぜ新聞だけ優遇されているんだ」と厳しく追及されるリスクが高まります。
つまり、自分たちの「8%という聖域」を守るためには、制度全体の変更(0%化)に反対しておいた方が都合がいい、という計算が働いているのかもしれません。
独り言のまとめ
「国民の生活のために食品を0%に!」という正論の裏で、自分たちの既得権益(8%)が浮き彫りになるのを恐れるメディア。
食品と新聞は、本来全く別次元のものです。
高市政権が「食品0%」を断行しようとする今、新聞だけが特別な「優遇枠」に残ることは、もはや国民が納得しないでしょう。
「報道の自由」や「知る権利」を盾にするなら、まずは自分たちの税率の不透明さについて、自ら筆を振るうべきではないか。ととは、新聞の紙面を眺めながらそう感じています。
(あとがき)
「食品は0%、新聞は10%(通常)」というのが、最もスッキリする形なのかもしれません。
